二ヶ領用水と久地円筒分水の歴史 - yubeleのスライド | slidict.io
slidict.io

EN | JA

二ヶ領用水と久地円筒分水の歴史

Google Translate: Japanese English
yubele
yubele
フォロワー 0人
LGTM:
Last updated: 2026/06/23
読む時間: 01:30

共有

コード

通報

二ヶ領用水は、なぜ作られ、 なぜ「円筒」で分ける必要があったのか。

Speaker notes
今日は、宿河原から久地へ続く二ヶ領用水を題材にします。
この水路は、ただの散歩道ではなく、川崎の農業、治水、都市化の歴史が一本につながったインフラです。
ポイントは「なぜ水を引いたのか」と「なぜ円筒で分けたのか」です。
  • 二ヶ領用水は、江戸初期の新田開発を支えた人工用水

  • 取水口は多摩川の上河原堰と宿河原堰

  • 久地円筒分水は、水争いを減らすための「比例分配装置」

  • 農業用水から、現在は地域の景観・記憶・環境用水へ役割が変化

Speaker notes
先に全体像を置きます。
二ヶ領用水は、江戸初期に農地を広げるため作られた用水です。
久地円筒分水は、その水をめぐる争いを減らすため、決まった比率で水を分ける装置でした。

「二ヶ領」は、江戸時代の

  • 稲毛領

  • 川崎領

この二つの領域にまたがる用水だったことに由来する。

Speaker notes
「二ヶ領」という名前は、二つの領域をまたいでいたことから来ています。
当時の稲毛領と川崎領を潤す用水だった、という意味です。

出典:“二ヶ領用水” , by 川崎市, CC BY 4.0, via かわさき魅力ギャラリー(川崎市).

多摩川沿いの低地は、洪水で荒れやすい一方、 水を制御できれば広い水田になる土地だった。

つまり二ヶ領用水は、 「暴れる水」を「育てる水」に変える事業だった。

Speaker notes
多摩川沿いの低地は、洪水の被害を受けやすい場所でした。
しかし、水をうまく制御できれば、水田として使える土地でもありました。
二ヶ領用水は、多摩川の水を農業に使える水へ変える試みでした。

徳川家康が江戸に入ると、 江戸周辺では米の生産力を高める必要があった。

川崎では、代官の小泉次大夫が多摩川の水を引き、 荒れた土地を水田にする構想を進めた。

Speaker notes
家康が江戸に入ったあと、江戸周辺では食料生産を増やすことが重要になりました。
川崎地域では、小泉次大夫が多摩川の水を使って新田開発を進めます。
ここから二ヶ領用水の物語が始まります。

二ヶ領用水の開削は、1597年ごろから進められ、 1611年に完成したとされる。

完成後、およそ1850ヘクタールの水田に水が行き渡った。

その後、灌漑範囲はさらに広がり、 二ヶ領用水は川崎の農業を支える大動脈になっていく。

Speaker notes
二ヶ領用水は、1597年ごろから工事が進められ、1611年に完成したとされます。
およそ14年かかった大工事です。
完成後は広い水田に水が届き、川崎の農業を支える基盤になりました。

二ヶ領用水によって育てられた米は、 「稲毛米」と呼ばれ、江戸へ運ばれた。

江戸の都市化は、町の中だけで完結していたわけではない。

周辺地域の水田、用水、村々の労働が、 巨大都市・江戸の胃袋を支えていた。

Speaker notes
二ヶ領用水で育った米は、稲毛米として江戸へ運ばれました。
江戸の発展は、町の中だけでなく、周辺の農村によって支えられていました。
水路はその支えのひとつでした。

出典:“二ヶ領用水(宿河原線)4” , by 川崎市, CC BY 4.0, via かわさき魅力ギャラリー(川崎市).

宿河原は、二ヶ領用水の入口の一つだった。

多摩川の水は、

  • 上河原堰

  • 宿河原堰

から取水され、川崎の内陸へ流れていった。

宿河原は「水を取り込む場所」として、 地域史の表玄関にいる。

Speaker notes
宿河原は、二ヶ領用水の入口の一つです。
多摩川の水は、上河原堰と宿河原堰から取り込まれ、川崎の内陸へ流れていきました。
宿河原は、水がまちに入ってくる玄関のような場所です。

農業用水は命綱である。

水量が足りない時期には、 「どの村に、どれだけ水を流すか」が争点になる。

用水は便利なインフラであると同時に、 分配を間違えると争いの火種にもなる。

Speaker notes
水は農業にとって命綱です。
特に水が足りない時期には、どの村にどれだけ水を流すかが大きな問題になります。
用水は便利なものですが、分け方を間違えると争いの原因にもなりました。

時代が下ると、川崎は農村から都市へ変わっていく。

  • 水田の灌漑

  • 洪水対策

  • 排水処理

  • 都市化による流路変更

これらが絡み合い、用水の管理はさらに複雑になった。

Speaker notes
川崎が都市化していくと、用水の役割も複雑になります。
農業用水だけでなく、洪水対策、排水、流路の変更などが絡んできます。
水をどう管理するかは、ますます難しい課題になりました。

出典:“久地円筒分水” , by 川崎市, CC BY 4.0, via かわさき魅力ギャラリー(川崎市).

久地円筒分水は、1941年に完成した農業用水施設である。

二ヶ領用水の水を、平瀬川の下を通して導き、 中央の円筒から吹き上げ、 外側の円周で各堀へ分ける。

水を「門」で分けるのではなく、 「形」で分ける仕組みだった。

Speaker notes
久地円筒分水は1941年に完成しました。
二ヶ領用水の水を平瀬川の下に通し、中央から吹き上げます。
その水を外側の円周から各堀へ分ける、かなりユニークな施設です。

久地円筒分水では、外側の円筒を4つの堀に分ける。

  • 川崎堀

  • 六ヶ村堀

  • 久地堀

  • 根方堀

資料によっては、久地堀を「久地・二子堀」と表記することもある。

円周を灌漑面積に応じた長さで区切り、 水が越流する量を比率で分ける。

Speaker notes
円筒分水では、水を4つの堀へ分けます。
大事なのは、同じ量に分けるのではなく、灌漑面積に応じた比率で分ける点です。
円周の長さを変えることで、流れる水の量を調整しています。

久地円筒分水の仕組みを、上から見るとこうなる。

@startuml
!theme plain

skinparam backgroundColor transparent
skinparam defaultFontName "Noto Sans CJK JP"

circle "中央の円筒\n水が吹き上がる" as center
circle "外側の越流部\n円周で水を分ける" as outer

rectangle "川崎堀" as kawasaki
rectangle "六ヶ村堀" as rokka
rectangle "久地堀\n※資料により久地・二子堀" as kuji
rectangle "根方堀" as negata

center --> outer : 平瀬川の下を通った水
outer --> kawasaki : 灌漑面積に応じた比率
outer --> rokka : 灌漑面積に応じた比率
outer --> kuji : 灌漑面積に応じた比率
outer --> negata : 灌漑面積に応じた比率

@enduml

中央から水が吹き上がり、 外側の円筒を越えて流れ出る。

この外側の円周を4つの堀に割り当てることで、 水量を比率で分けている。

Speaker notes
図で見ると、中央から水が出て、外側へ流れていく形です。
外側の円周が4つに分かれていて、それぞれの堀へ水が流れます。
円周の割り当てが長いほど、その堀へ多く水が流れる仕組みです。

ポイントは、円周の長さで水量を決めることにある。

@startuml
!theme plain

skinparam backgroundColor transparent
skinparam defaultFontName "Noto Sans CJK JP"

rectangle "二ヶ領用水の水" as water
rectangle "中央の円筒\n水位をそろえる" as center
rectangle "外側の円周\n比率で区切る" as ring

rectangle "川崎堀\n長い区間なら多く流れる" as a
rectangle "六ヶ村堀" as b
rectangle "久地堀" as c
rectangle "根方堀" as d

water --> center : 導水
center --> ring : 越流
ring --> a : 円周の割当分
ring --> b : 円周の割当分
ring --> c : 円周の割当分
ring --> d : 円周の割当分

note bottom of ring
水門を人が開け閉めして調整するのではなく、
円周の割り当てそのものが分水比率になる。
end note

@enduml

たとえば、ある堀の灌漑面積が大きければ、 その堀に対応する円周を長くする。

すると、水が越えて流れ出る幅も広くなり、 結果として多くの水が流れる。

つまり久地円筒分水は、 人の操作ではなく、構造によって水を分ける装置だった。

Speaker notes
この仕組みのポイントは、人が毎回水門を操作して調整するのではないことです。
あらかじめ決めた円周の長さで、水の分配比率が決まります。
つまり、構造そのものがルールになっているわけです。

円筒分水の強みは、見える公平さにある。

すべての堀へ同じ量を流すのではない。

それぞれの灌漑面積に応じて、 あらかじめ決められた比率で水を分ける。

つまり久地円筒分水は、 「同量に分ける装置」ではなく、 「納得しやすい比率で分ける装置」だった。

Speaker notes
ここでいう公平は、同じ量を分けるという意味ではありません。
田んぼの面積に応じて、必要な比率で分けるという意味です。
しかもその比率が見えるので、納得しやすい仕組みになっていました。

水門を人が操作して分けると、 どうしても疑いが生まれる。

「誰かが多く取ったのではないか」 「上流の村が得をしているのではないか」

久地円筒分水では、 円筒の構造そのものが分水比率を決める。

だから人の操作への疑いを減らし、 水利秩序を安定させることができた。

Speaker notes
水門を人が操作すると、不満や疑いが生まれやすくなります。
円筒分水では、構造そのものが分け方を決めます。
これは、水争いを減らすための土木的な工夫でした。

久地円筒分水の設計に関わった中心人物が平賀栄治である。

神奈川県の多摩川右岸農業水利改良事務所長として、

  • 上河原堰の改修

  • 宿河原堰の改修

  • 平瀬川・三沢川の排水改修

  • 久地円筒分水の建設

などに携わった。

Speaker notes
久地円筒分水の設計に関わった中心人物が平賀栄治です。
彼は堰の改修や排水改修にも関わり、多摩川右岸の水利全体を整える仕事をしていました。
円筒分水だけでなく、水の流れ全体を設計していた人物です。

戦後、川崎の都市化が進むにつれて、 二ヶ領用水の農業用水としての役割は縮小していった。

しかし、水路そのものは消えなかった。

現在の二ヶ領用水は、 地域の景観、散策路、環境用水、 そして川崎の歴史を伝える場所として残っている。

Speaker notes
戦後になると、川崎は農村から都市へ変わっていきました。
そのため農業用水としての役割は小さくなります。
ただ、水路は地域の景観や歴史を伝える場所として残りました。

久地円筒分水は、1998年、 川崎市で初めて国の登録有形文化財に登録された。

それは単に古い施設だからではない。

水をどう分けるかという地域の課題に対して、 土木技術で答えた施設だからである。

Speaker notes
久地円筒分水は、1998年に国の登録有形文化財になりました。
川崎市では初めての登録です。
古いだけでなく、水の分配という地域課題に対する技術的な答えだった点が重要です。

二ヶ領用水は、2011年に竣工400年を迎えた。

この水路は、

  • 江戸初期の開発

  • 村々の水利秩序

  • 近代土木

  • 現代の地域景観

を一本の線でつないでいる。

Speaker notes
二ヶ領用水は、2011年に竣工400年を迎えました。
この水路を見ると、江戸初期の開発から、近代土木、現在のまちの景観までがつながって見えます。
まさに、時間を流れる水路です。

おすすめの見方は、上流から下流へ。

  1. 宿河原堰周辺で「取水」を見る

  2. 二ヶ領用水沿いを歩く

  3. 久地円筒分水で「分配」を見る

  4. 水路がまちに溶ける様子を見る

宿河原から久地へ歩くと、 二ヶ領用水の物語を「入口」から「分配」までたどることができる。

Speaker notes
実際に歩くなら、宿河原から久地へ向かう流れがおすすめです。
宿河原で水を取り込む場所を見て、用水沿いを歩き、久地円筒分水で水を分ける仕組みを見る。
取水から分配までを体感できます。

二ヶ領用水は、川崎の「水のOS」だった。

久地円筒分水は、そのOSに追加された 比例分配アルゴリズムである。

宿河原は、その水がまちへ入る入口の一つだった。

水路を見ることは、 川崎がどうやって土地を耕し、 水を分け、都市になっていったのかを見ることでもある。

Speaker notes
最後にまとめます。
二ヶ領用水は、川崎の土地利用を支えた水の基盤でした。
久地円筒分水は、その水を納得しやすく分けるための仕組みです。
宿河原から久地へ歩くと、川崎の水の歴史をかなり立体的に見ることができます。
  • “二ヶ領用水” , by 川崎市, CC BY 4.0, via かわさき魅力ギャラリー(川崎市)

  • “二ヶ領用水(宿河原線)4” , by 川崎市, CC BY 4.0, via かわさき魅力ギャラリー(川崎市)

  • “久地円筒分水” , by 川崎市, CC BY 4.0, via かわさき魅力ギャラリー(川崎市)

  • 川崎市「二ヶ領用水の歴史」

  • 川崎市「二ヶ領用水の史跡・見どころ」

  • 農林水産省「二ヶ領用水久地円筒分水」

  • 川崎市「国登録有形文化財 二ヶ領用水久地円筒分水」

  • 二ヶ領せせらぎ館「二ヶ領用水竣工400年プロジェクト」

二ヶ領用水と久地円筒分水の歴史のサムネイル(1ページ目)
1 / 9